2016/03/31

死ぬ前にやっておきたいこと、やっておいたほうが良さそうなこと

一ヶ月で倒れて逝ってしまった父の後始末をしながら
父がマメにしておいてくれて助かったこと。 

1.ネット関係のIDとパスワードを一覧にしておいてくれた 
 セキュリティ上あまりよくないというのはあるしわかるんですが、 
 これのおかげで非常に引き継ぎ処理や解約の後始末が楽でした。 
 mixiでも父のことを父のアカウントから発信できたからね。 
 Amazonの手続きもあっという間に終わりました。 

2.以前の遺産相続関係の書類を全て取ってあり、ひとまとめにしてあった 
 何をかをいわんや 

3.カードや銀行の情報等も全部取引先別に分けてあった 
 おかげで連絡がスムーズでした。 

4.銀行の取引データを全部Excelのファイルに入れてあった 
 不労所得があったので、税金の申告が楽です。

Nexus5でキャリアメール(MMS)使用のためのメモ

そのうちまとめる予定 

・ワイモバでのキャリアメールアドレスは何故かMMS扱い 
・MMS用のアプリ、ハングアウトがダメダメ 
・ママ友がキャリアメール以外受け取らない設定 
↓ 
秋丸さん頭を抱える 
↓ 
1.ソフバンのメールアプリが使いやすいらしい 
2.もちろんワイモバのNexusは対象外(アプリストアから除外されている) 
3.先人たちの努力によってアプリファイルのダウンロードまでは成功 
 3-1.インストールボタンが押せずにインストールできない 
 3-2.Androidとノートンのインストーラーを両方使って確認したのでインストーラー系の問題ではない 
 3-3.「softbankメール インストールできない」で検索すると、なんか常駐ソフトが引っかかってるぽい 
 3-4.そこのリストには載ってなかったがブルーライトガードが悪さしてた(スクリーン系の常駐ソフトがよくないらしい) 
 3-5.無効にして無事インストール 
4.いざ設定! 
 4-1.早速設定画面でメールアドレスの登録ができない(項目を押しても反応しない) 
 4-2.スクリーン系常駐はずしてもダメ 
 4-3.検索しても引っかからない 
 4-4.鬱だ氏のう←イマココ 

追記: 
 4-5.ソフトバンクのサイトからMMSのメールアドレスを送信する必要があった(わかんねーよ) 
 4-6.メール受信でアドレス欄に自動的にキャリアアドレスが入って受信準備完了。 
5.めでたしめでたし 
6.Hangoutは死ね

追記20180113
今はYモバイルのメールアプリが一括で管理できるので、コレを使ってます

二号語録 ふたたび

2016-03-20 10:59:45 
(amazonに発注した品物が届く) 
二号「あ、ハコの絵がドラえもんだ!あけていい?」 
わす「……いいけど」 
二号「(いそいそと開ける)なにかななにかな!」 
わす「(あ、なんか中身誤解してる?)」 
二号「……ナニコレ…?」 
わす「加湿器のフィルター」 
二号「…なんで?!」 

2016-03-12 13:03:24 
二号「(てれびくん付録のカレンダーを手にとって)さて本でもよもうか…おやずいぶんおもしろいつくりだね」 
私「そういう念の入ったボケいらないから」 

2016-02-25 19:30:27 
バトウォ子供がやってるけど見てるの面白いwww  
二号「おりゃおりゃおりゃー」 
一号「そうじゃない!そこのボタンを押しなさい!ロックオンしなさい!」 
わたし「なんで一号名護さんみたいになってるの」 

2016-02-20 23:04:52 
二号「とうさん…じゃなかったとーちゃん」 
夫氏「よそ行きならとうさんでもいいけど早死しそうだからとーちゃんにして」 
私「そんな理由が」 
夫氏「とうさんって言われると大概死んでるからつい」 

2016-01-08 08:23:26 
着替えるのにヒーターを向けてもらった二号氏「ふぁーあったけー」 

2015-11-27 21:18:56 
二号「眼魂クーイズ!」 
二「じゃじゃん!問題!パンはパンでも、たべられないパンは?!(眼魂のボタンを連打)\カチャカチャカチャカチャ/はいかーちゃん!」 
私「…フライパン?」 
二「正解!」 
私「…眼魂いらないよね…?」 

2015-10-01 21:16:46 
一号「そのおもちゃ貸して」 
二号「やだ」 
一号「そのおもちゃをわたさないと、痛い目にあいます」 
私「へえ痛い目に遭うんだ…見せてみろよ…」 
一号「スミマセンスミマセン」 
なんだこれ 

2015-08-09 10:36:42 
二号「おなかーワニ!」 
私「ブラカワニか」 

2015-08-03 21:12:53 
(夫氏がセールで買ったマッハドライバーが到着) 
私「一号は説明書を読んで必要な電池の数を確認しろ!」 
一「ハイッ!」 
私「二号はできることないからまずはそこでワクワクしてろ!」 
二「ハイッ!ワクワクワクワク」 
夫「なんだこれ」 

2015-06-24 15:29:49 
私「あんまり人の嫌がることすると、いくら天使のような優しいお母さんでも怒るよ?」
二号「えっ、だれが」 
私「いくら、てんしのような、やさしい、おかあさん」 
二号「……わかりました……(後ずさる)」 

2015-04-28 19:22:41 
一号二号とお出かけした時に「ハイ改札通りますよ一号Suica出してー、母ちゃん携帯出して―、二号元気出して―」って言うとえらいウケる 

2015-04-17 12:01:54 
シフトカ―で遊びながら「おならぶっぶっぶー」って言ってる二号マジ5歳児 

2015-03-26 09:03:48 
そういえばジェンダー的な物とは全く関係なく、 
二号の幼稚園で男の子がライダーごっこをやってる中で女の子が何人か混ざってて、 
へえ一緒にライダーやる女の子がいるの?って聞いたら違うんだって。 
彼女たちはプリンセスで、ライダーはプリンセスを守るために戦ってるんだそうな。 
すげーなーと思った。 

2015-03-23 19:31:01 
そういえば実家はお風呂場が広いので一家で入浴できるんですが、水鉄砲のタンクにちんちん差し込もうとする二号を全力で止めたのが今回帰省のクライマックス。 
ちょうどいいサイズだからって突っ込むとえらい目見るぞ!! 

2015-03-22 22:56:11 
車の後部座席で一号と二号がねてるのを見て 
「どちらかは狸だな」 
「撃てば分かるだろう?」 
「おっと私としたことが、これでは本当に寝ていたのがどちらか解らなくなりましたな」みたいな悪役トークをする両親 

2015-03-12 21:30:21 
うちも昨日二号に「かあちゃん、ぼくんちは、ちきゅうにあるんだよね!」ってすごい宇宙規模な展開のトークされた 

2015-02-16 16:44:38 
電池切れかけたガブリボルバーがチャージ音をきちんと出さず、二号が発した「なにぃ」が完全にヒーロー側から奪った悪の幹部的な反応でわろた 

2015-02-13 14:49:02 
一号「来週絵の具使うんだけど」 
私「道具箱の中確認しておいたほうが良いのではないか」 
一号「それもそうだ」 
(間)  
一号「こんなものが(絵の具がくっついたままカピカピになったパレット)」 
私「知るか自分で洗え、洗面所にスポンジと石鹸がある」 
二号「わーぼくもぼくも」 
私「お前は駄目だ」 

2015-02-04 18:45:53 
二号「おべんじょーず」 
私「アベンジャーズだよスタークさんに撃たれるよ」 

2015-02-04 10:10:31 
二号「ようちえんに、鬼きた!」 
私「そっかあ。怖かった?」 
二「ちょっとないた!」 
私「泣いたんかw(幼稚園の鬼はかなり本気で泣かせに来るらしい)」 
二「ちょっとないたけど、がくげいかいがんばりますって言った!(ドヤ顔)」 
私「あ、うん…」 

2015-02-03 15:59:24 
二号「ねーかあちゃーん、ぼくね、みかんたべながらね、みかんたべながらね…えっと、みかんたべながらね…みかんたべながらね!」 
私「みかん4個も食べたら顔が黄色くなるぞ」 

2015-01-30 08:06:38 
私「あああ…雪だ…」 
二号「ほんと!?(ガバッ)にーちゃんゆきだ!ゆき!」 
一号「…え…雪……(がばっ)うわあああほんとだああああ!!!」 
私「お前らいつもの寝起きの悪さはどこ行った」 

2015-01-13 18:47:55 
二号「バ ナ ナ!バナナ!アイカツバナナ!!」 
私「…?」 

2015-01-13 18:02:56 
二号「うるとらまんれつでん!これはみのがせない!」 
私「何故君はそう発言がよつばじみているのか」 

2015-01-11 20:23:11 
二号「かめんらいだー、まっぱー!!」 
私(ブフォォォォォ) 二号、ダメだそれはダメだ霧子ちゃんカンカンに怒るやつだ!! 

2015-01-08 14:35:37 
二号がお昼にスナックスティック(細長いパン)振りながら「そいや!そいや!」って言ってたんだけど、ひょっとして戦極ドライバーの刀部分のマネか…?!(今気づいた) 

2015/11/23

年始のご挨拶欠礼のお詫び

喪中につき年末年始の 
 ご挨拶ご遠慮申し上げます 

  (父 去る五月二十二日 六十五歳にて永眠) 
  本年中賜りましたご厚情を深謝申し上げ 
  明年も変らぬご厚誼の程お願い申し上げます 
  寒さ厳しい折 皆様もくれぐれもご自愛下さい 

 平成二十七年十一月  秋丸 拝 


ここ数年喪中欠礼が続いたら住所録が使い物にならなくなってしまい 
頭を抱えております…

2015/11/16

日が短くなってきました

いかがお過ごしでしょうか。
子供に風邪をうつされてのどが痛い、秋丸です。
(寝るときにマスクするのは大事だぜ…全然朝が違うぜ…)

父の死後の整理もだいぶ進みました。
我が家は遺産でもめなかったのが一番よかったです。
(母も弟も私もあれば嬉しいけど無くても別にいい、というスタンス)
…まあどうしましょうかね、あの本。(生前だいぶ処分はしていたようですが)

今日は、子供の話。

一号の担任の先生から連絡帳が来ました。
ノートが取れないようです。と

一号は発達障害疑いです。黒に近いグレーです。
これは診断になかなか行けないせいなのですが。
親の贔屓目で見ても徹底したシングルタスクで、
周囲の物に気がつかない、人の「思いやり」というものに無頓着
(本人はそれなりに思いやりがあっても相手の思いを尊重できない部分がある)
集中している時とそうでない時の差が激しいetc…
あとすごく、忘れっぽい。

幸い、小学校に上がってから非常にいい先生に当たっていて、
(こういう時担任制というのはありがたいです)
「できないこと」よりも「できること」をとても大事にして下さる先生ばかりで、
ありがたい限りなんですが、そろそろ一号が三年生の、学習量についていけなくなってる。
(勉強はできる方なんですが、板書とか授業態度とか)

また、先日持久走大会のリハーサルがあったのですが、
ずーっと最後尾をもたもた走ってるんですよね。
明らかにやる気が無い。
聞いてみたら「やる気出ないんだよね―」という悪びれないコメントも頂きましたorz

一号は一見そうは見えませんが自己イメージがすごく高いです。
パーフェクト願望が強いってのかな。
だからできない自分が許せない。許せないからできないぐらいならはじめから頑張らないほうがマシ…となっているようで。
そういえば夏休みのリコーダーの宿題もそれで引っかかったんだった…
(思い通りの音が出ない→練習しない→ますます音が出ない→投げる)

2015/08/27

父が逝去しました そのに

気がついたら百日忌も過ぎてしまった。早かったような短かったような。

危篤になった報せを受けて、いつもどおりにぐずる二号を大急ぎで幼稚園に送り、
新宿の病院に辿り着いた時にはもう父は息を引き取っていた。
苦しんだ様子ではなく、むしろ少し困ったような顔をしていて、
おそらく今頃あちらへの旅路で「あらら、まいったなあ」と呟いているだろう様子が思い浮かんだ。

もともと肺小細胞がんだったのが移転によって肝臓がほとんど機能していない(ほとんどガンに取って代わられていた)上、
もともと患っていた十二指腸と胃の潰瘍もあり、二週間の絶食となった父は痩せていて、
入院する前より十も二十歳も老けて見えた。
歯が悪く総入れ歯で合わなくなり、外していたこともあって、64なのに、ずいぶんおじいさんに見えた。 
急に生気が抜けた、そんな感じなのかもしれない。

本人は全く死ぬような病だと思っていなかったようで、
自室のカレンダーには今後の庭の手入れの予定も書いたまま、
地域ボランティアの予定や市民講座の交流会の予定もそのままになっていた。
なんだかふらっといつも通りTシャツに短パン、サンダル姿で旅に出てしまったかのようだった。
実はまだ、少し帰ってきそうな気がしてる。

7月の頭に電話で弟から
「夢に親父が出てきて、困ってる様子だから事情を説明した。
 『そうかー、道理で…』と自分のお腹をさすってた。納得したみたいだよ」という話を聞いて、
初めて涙がぽろぽろ出た。
人の喪が開けていくというのは、こういうことなのだろうな、と片隅で思いながら。

私の構成要素の大部分を担っていたのは間違いなく父の趣向で、
例えば本が好きだったり、文具集めだったり、パソコンであったり、SFや宇宙やファンタジーであったり地元たる西新宿であったり…

先日上の子の自由研究用に山手線の本を借りて見ていたら、新宿駅前の昔の写真があって、ああ父が見たら喜ぶだろうなあと思いました。
映画になったエンダーのゲームの感想も聞き損ねた。
そういう意味でいまだに、悲しいというよりは惜しい、勿体無いという気持ちが強いです。
多分これからもそうなんだろう。

長子ということで私はわりと父に可愛がられつつも当たり方としてはかなり厳しい部分もあり、
例えば見てもらっていた算数の宿題で行き詰まると頭をグーで叩かれながら「こんなのもわかんないのか、死んじまえ!」と言われたり
反抗期で挨拶しなかったら壁まで吹っ飛ぶ勢いで殴られたりしたのでそれに関しては
親になった今また別の思いもあったりするのですが、もう相手が死んじゃうとどうしようもないね。

2015/05/24

父が逝去しました その一

どこから書くべきなのか、よくわからない。 

そもそもは連休前に、母がSNSで「お父さんの様子がおかしい」と言っていたことからだった。 
一日二箱は楽勝のヘビースモーカーが、タバコも吸わず一日中ゴロゴロしている。 
慌てて電話したら、父が出て「最近ちょっと禁煙しようと思って、禁断症状出るとしんどいから寝ちゃうんだよ」なんて笑っていってて 
なんだー、お母さんの早とちりかー。 
一緒に暮らしてるんだから情報共有ぐらいしてよ~なんて言ってて。 

連休明け、動揺した母と、落ち込んでいる弟から電話をもらった。 

「父が入院した」 

「永くない。意識は保って3日。命は一週間持たないだろう」 
「どうも肝臓が腫れて機能しておらず、体内に毒素が溜まり続けている状態」 

思ったのはしまった、騙された。だった。 
元々徹底した医者嫌いの父だ。 
禁煙したということは相当具合が悪かったのだろう。 
思えば4月に遊びに行った時、孫達に公園に誘われたのに寝ていて出てこなかった。 
昨年実母である祖母を亡くしたばかりで、落ち込んでいるせいだとばかり思っていた。 
しかしそこまで状況が悪いのだとしたら、おそらく祖母が体調を崩した頃から病魔に侵されていたのではないだろうか。 

慌てて入院している顔を見に行くと、父は怒ったように「誰が呼んだんだ」と母を責めた。 
本人は意外と冷静で、そこまで深刻な状態だとは思っていないようだった。 

「肝臓が腫れて、原因がわからないんだ」 
「痛くはない。だるくてお腹が少し苦しいのと、食事が摂れない」 
「もう2回も胃カメラ飲まされた。次やるって言われたら地団駄踏んで『ヤダー!』って暴れてやる」 

私も混乱して状況がさっぱりわからなかった。 
医師から説明を受けた弟は相当シリアスだと言うし、 
母は後悔と混乱で昔の話ばかりする。 
父が唯一の家族になってしまっていた叔母も涙ぐんでいた。 

え。 

だって。 

目の前にはいつもと変わらないお父さんがいるじゃない。 
相変わらず強がって孫達を気遣って 
手元の電子書籍を読もうとし、 
顔を見ると伝えたいことが溢れてしゃべり続けてるのに。 

結局父には宣告のことは言わないことになった。 
父の性格上本来は知りたがるだろうが、いかんせん進行が早すぎた。 
達観していた父だけれども、この早さはおそらくせっかちの父を焦らせるだけだろう。 
ただでさえ体力が分速レベルで衰えているのに、消耗させたくなかった。 

亡くなる前日、交代交代で父を見ていた。 
いつもどおり、私は隣で本を読んだり、孫の話をしたり 
土曜の一号の運動会は、ビデオを撮って持ってくるね、と言うと 
「そんなもの持ってくるな。ああいうのはみんなでワイワイ言いながら見るのがいいんであって、病室で見たって辛気臭いだけだ」と返された。 

金曜の朝、幼稚園の準備をなかなかしない二号をせっつきながら 
病因に行く準備をしていると、母から連絡があった。 
「お父さんね、危篤になった」 
幼稚園に送って結局身一つで父に会いに行った。 

むくりと布団から起き上がって「ザマーミロ!騙されてやんの!」なんて言いそうだったけど、もう身体は冷たくなっていた。 

宣告されたのは一週間から一ヶ月。 
結局今際の際まで意識はあった。 
父は頑張った。 

実家で残された父のメモや6月まで埋まった予定表や 
見られることのなかった予約録画を見ながら、 
やりたいことや知りたいことがまだたくさんあっただろうなと思った。 

悲しいよりも、悔しいし、腹が立つ。 

そしていまだにどこかの物陰から「やーい、だまされたー!」と出てきそうな気がする。 

2014/11/20

仮面ライダードライブの決め台詞

あのポーズを見るたびに脳内でふかわりょうが 

   /二二ヽ 
   ||・ω・|| < ひとっ走り付き合えよ 
.  ノ/  / >    ひとっ走り付き合えよ 
  ノ ̄ゝ 

ってやるので困る

2014/11/04

で、祖母の片付けの話

ええとですね。 

祖母は以前お店をやっていたのですが、引っ越しを機に辞めまして。 
その後非常に手芸に凝りました。 
そういうことをやって、女の子の人形(布の抱きぐるみみたいなの)や、 
貝ぐるみ、ふくろもの、とにかくいろいろ作っておりまして。 
作品を貯めておくのもなんですからことあるごとに配ったり、 
近くのボランティアサークルのバザーで売ったり。 

そういうことをすると、たとえば人形をもらった人が「ぜひ次に作るときの足しに」なんて 
古い布や道具を持ってきてくださったりして 

というわけで25年たまりに貯まったこの手芸用具諸々と布と作品!叔母と整理してきたんですが
私「あ、ここにもハギレの箱が…」 
叔母「リボンの箱がここにも…」 
父「布を貼る前の貝がこんなに(おせんべいの缶×8)」 
私「あっちの押し入れから手付かずの素材が」 
叔母「そっち見たけどそのダンボールもぜんぶ布みたい」 

私・叔母・父「……まあ、おいおい、片付けようね……」 

「お墓までお金はもっていけないから」と言って、わりと金離れのいい祖母でしたが 
おばあちゃん…押入れいっぱいの布もお墓には持って行けなかったよ…(悲鳴) 

遺品整理には時間がかかりそうです…(笑) 

(なんか手芸仲間のお友達に分ける予定みたいですが、あれ期間切らないと絶対ズルズル残るパターンだ…)

しかしその整理をしつつ思ったのは自分の本棚とゲームの山でした。

笑えねえ…

祖母を送って

葬式とか末期の話になりますので、ご縁のない方には辛気臭い話になりますよ。 


10月の末日、無事祖母が送れました。 
各方面に大変ご迷惑をお掛けしましたが、おかげさまで祖母と納得の行くお別れが出来ました。
(特に急にもかかわらず旅行から帰った翌日に子供を預かってくださった義父母) 

9月の入院を経て、食欲がかなり落ちており、毎月実家には行っていたのですが、 
先月の訪問で祖母が起きられなくなって大分衰えた感じがしたので、 
来年開けるころは難しいかと思っていたのですが、亡くなる前の週から急激に悪化していたようです。 
思ったよりずっと早くて、少し後悔しています。 

人はごはん食べられなくなるとほんとうに早いね。 

祖父が痴呆と施設で亡くなったのを見て、祖母と家族の希望は在宅で最期を、ということだったので 
診ていただいたお医者様の勧めはあったのですが入院もせず 
(9月の入院時点で「家に帰りたい」とずっと言っていた) 

母の仕事をしながらの介護も限界だったようで 
(ケアマネを取ったのでなかなか介護のために全く入らないというわけにもいかず) 
祖母からしたら迷惑をかけないように多分スケジュールを早めたのかもしれないですね。 
祖父も向こうでそろそろ退屈でしょうし。 

母とちょうど交代した父が看取ったそうなので、念願の在宅で実の息子に看取られる、 
かなり理想の最期だったのではないかと思います。 
寝たままでも頭はまだ大分はっきりしていたようで(眠ってばかりだったので寝ぼけみたいなのはあったみたいだけど) 

父「僕が誰だかわかる?」 
祖母「かわいい息子。(隣の母を見て)あの人に取られちゃったけどw」 
だとか 
母「私が誰だかわかりますか?」 
祖母「大切な人」 
などなど、最後までユーモアと愛情は忘れていなかったようです。 

祖母の弟だった大叔父ともお話ができ、通夜の席は本当に血縁だけで 
思い出話をしたり、昔の話を聞いたりしました。 

実家がずっと二世帯で、ただいまと帰ってくると、 
必ず最初に顔を合わせるのは一階住まいの祖母でした。 

棺の中で藤色の着物を着た祖母は、とても穏やかな顔で眠っているようで 
幸せだったんだろうなと思います。 

出棺の時、祖母の顔を見た二号が 
「おおばあちゃん、げんきになるといいねえ」と呟いていました。 

もう痛くも苦しくもない所で、おおじいちゃんに会ってるよ、とは言ったけどわかってるのかなあ…(笑) 
とにかく祖母は二号をすごくかわいがっていたので、最後のお別れが曾孫全員でできたのはとても良かったと思ってます。 

でも読経の最中に小さい声で「まだ?まだおわんない?」って聞くのはやめろ。やめろ。